私なりの回答でございます -- noharra様 --

私は、最終責任者がはっきり決まっていることは大変重要だと思っています。責任を取る、取らない、というのが問題なのではなくて、主権者である我々が「取らせる、取らせない」という判断をするということです。「小泉氏のイラク大量破壊兵器問題についても責任問題は顕在化して」いないのは、取らせない(取る必要がない)と考えている人が多い、ということではないのでしょうか。日本は法治国家ですから、法律の定めるところに従うということ。その法律、ルールを作るために、我々は選挙で議員を選んでいるわけです。何も赤の他人が勝手にやってるんじゃない。「取ってくれる」と考えることの方が、よっぽど政治は「誰かがやってくれてるものだ」と思ってることなんじゃないかと。
ちなみに、昭和天皇(私は天皇陛下を直の名前で呼び捨てできる神経を持ち合わせておりません)の太平洋戦争の責任について仰っていますが、天皇大日本帝国憲法上、無答責です。各国務大臣および陸軍参謀総長、海軍軍令部長天皇に対し輔弼の責任を持ち、そこで最終です。たいていの君主制民主国家の憲法大日本帝国憲法は、この点で似たようなものです。司馬遼太郎さんの「この国のかたち(四)」に、この辺りの事情は丁寧に解説されておりますので、私の拙い回答よりもそちらをご覧頂く方がよろしいかと思います。