アジアでもこれが常識

「フィリピン財務相「歴史問題超え統合速度の加速を」」

フィリピンのプリシマ財務相は25日午後、国際交流会議「アジアの未来」(日本経済新聞社主催)で講演し、アジア経済の統合について「アジアが繁栄できるかどうかは、各国が歴史的な問題を超えて統合の速度を高められるかにかかっている」と述べた。

露骨な言い方をすれば、歴史問題をネチネチ言い続けている、シナと朝鮮半島はアジアの繁栄を阻害している、ということです。っていうか、ASEANの立場から言えば、もともとの起こりが「反シナ・反毛沢東主義」ですからね。
参考:西村真悟 真悟の時事通信 5/23付 
http://www.n-shingo.com/cgibin/msgboard/msgboard.cgi

そのASEANの起点は、1965年9月30日のインドネシアにおけるクーデターである(9・30事件という)。
 当時、世界の三大共産党は、中国共産党ソビエト共産党そしてインドネシア共産党であった。そして、インドネシア大統領のスカルノは容共的であった。
 そこで、中国共産党は、周恩来の指導で、インドネシアを共産化するための謀略を開始する。それが、1965年9月30日の共産クーデター・武力蜂起を引き起こす。この日、決起した共産党軍は、ジャカルタを制圧し大統領宮殿を占拠し、まさにクーデター成功寸前であった。
 しかし、ほとんど成功しかけたクーデター軍は、四十二歳のスハルト少将の決断によって首都から排除されることになる。
そして、以後、百万人とも三百万人ともいわれる人々が殺される血みどろの内戦の末、スハルト少将が勝利し、スカルノを退位させて大統領に就任して、治安と平穏が回復された。
 仮に、インドネシアの共産クーデターが成功しておれば、赤道下の東西五千キロに及ぶ群島国家インドネシアが共産化するのである。
 そうすれば、南のインドネシアと北の中国に挟まれた、現在のASEAN地帯は、簡単に中国共産党支配下に吸収されていたのだ(既にそのころ、ベトナムはもちろん、ラオス、タイ、ビルマなどの山岳地帯には中共から共産ゲリラが送り込まれていた)。
 結局、インドネシアの9・30事件の帰趨が、東南アジアが一挙に共産化するか否かの鍵を握っていたのだ。
 従って、日本人はあまり知らないが、インドネシアはアジアの要衝であり、9・30事件で共産党が勝つかスハルトが勝つかは、日本を含むアジアの運命が懸かっていたのである。
 さて、9・30事件に勝利したスハルトは、共産化の脅威を力を合わせて防せぐ為の国家連合を構想し、同じマレー語のマレーシアに呼びかけ今のASEANを結成していくのである。
 従って、ASEAN結成の当初の共通認識と目的は、
「反共」・「反中共」である。それが、二十世紀後半の共産党の脅威が収まってからは、「共存共栄」になっていく。
(中国の南のアジアつまりASEAN地域は、歴史的に中国の圧迫を受け、二十世紀には、中国の脅威が共産化の脅威と成っていたのである。この地域は、中国と中国人による圧迫を遙か昔から「南下問題」といっている。中国人が、北から、侵入してくるからである。)