過去にシナ共産党は日本どう言ってきていたか?

昨日ご紹介した屋山氏によれば、シナ共産党政府は人治主義であり、これが意味するところは、人が変われば約束は反故にされる、ということになります。
では、シナ共産党政府は過去に日本にどのように言い寄ってきていたのか。それが、今週号の週刊新潮の櫻井よし子女史の連載「日本ルネッサンス」に詳細に書かれています。是非、週刊新潮、お求めになって頂きたいと思います。
反日靖国王毅中国大使の嘘」

今年11月24日、駐日大使として初めて東京有楽町の外国特派員協会で会見した王毅氏の発言を聴くと、日本を貶める虚偽の宣伝、情報の歪曲は、現在に至るまで中国政府不変の政策であることが明白だ。
(中略)
内外の記者200名以上を前に王大使はゆっくりした日本語で、歴史問題から東シナ海の資源開発問題まで、巧みに事実関係を歪曲した。幾つもの虚偽を、日本人記者も含めて誰一人、追及した者はいなかった。

マスコミ・ジャーナリストなんて所詮この程度でしかないということは、ネットの住人はよく知っていることなんですけどね。

中国は寛容な国家だが、”A級戦犯”合祀の靖国神社への”最高指導者”の参拝は受け入れ難いとして、「中国の立場ですね、継続性のあるもので、変わっておりません。1985年、このことですね、A級戦犯が祀られていることが公になってから我々も反対の立場を貫いてきております」と大使は述べた。

ダウト!という点は、この後、櫻井女史がご指摘下さいます。しかし、この共産党政府の高官は、日本の内閣総理大臣が民意の代表者であることを全然理解できていないようですね。そもそも、内閣総理大臣は「最高指導者」ではなくて行政権の「最高執行責任者」でしかないわけですから。
引用、続けます。

靖国神社への”A級戦犯”合祀が大きく新聞で報じられたのは1979年4月19日、春の例大祭直前である。時の首相・大平正芳は記者団から、後日の6月5日には、参議院内閣委員会から、質問を受け、いずれも広く報道された。したがって、”A級戦犯合祀”が公にされたのは85年ではなく、79年4月である。
一方、中国政府が靖国問題で日本に注文を付けたのは1985年9月7日、ホウ(膨の字のにくづきなし)真全人代常務委員長が長田裕二氏を団長とする自民党田中派の訪中団に、首相の公式参拝日中関係に「不利なこと」だからやめた方がよいと「強く警告した」のが初めてである。

他の資料でも、6年のタイムラグについては言及されていますが、これではっきりしましたね。つまり、A級戦犯合祀なんてのは、後付の理由だということです。
では、何故、それまで靖国問題を追及していなかったのでしょうか。それは、ソ連という脅威がシナ共産党政府に存在したからですね。誤解している人が多いと思いますが、実は、ソ連とシナ共産党政府は険悪な関係でした。ソ連時代から引きずってきた国境紛争(ダマンスキー島、シナ名は珍宝島)が解決したのは、何と今年になってから。同じ共産主義を標榜しながら、敵対していたんですね。

それ以前の中国は「反対態度を貫」くどころか、”A級戦犯”合祀や首相の参拝に触れもせず、逆に日本に軍事大国になれと要求した。典型例が1980年4月末からの中曽根康弘氏の訪中だ。氏は中国人民解放軍ナンバー2の副参謀総長・伍修権に会った。伍は日本の軍事力を強化する必要があると強調。軍事予算をGNP比1%にとどめずに2%に倍増せよ、と要求、大きく報道された。
その前年の5月16日、時事通信田久保忠衛氏は最高実力者・トウ小平(原文は漢字)に取材したが、トウは、中国の周りはすべてソ連の軍事的な脅威にさらされており、日本も中国と共に立ち上がって軍事的に協力すべきだと述べた。これも大きく報道された。

ソ連の脅威があったればこそ、1972年に日本と、1979年にはアメリカと国交を樹立した、というわけなんです。
それを受けて考えてみましょう。1985年はどんな年だったのか。
1985年には、ゴルバチョフソ連の書記長に就任した年なんですね。そう、ソ連はこの年から崩壊に向かっていたということなんです。さらに、前年の1984年には、レーガンアメリカの大統領に再選されています。つまり、任期は5年目に入っていた。レーガンの軍拡路線が、ソ連の経済を崩壊させていた時期でもあったわけです。
この1985年の時点で、すでにソ連はシナ共産党政府にとって脅威ではなくなっていたわけです。
それまでは、シナ人民に対し「敵はソ連」と言って、党への求心力を得ていましたが、その「敵」がいなくなってしまった。そこで次なる「敵」としたのが、日本であり、その難癖の対象の手始めが「靖国」だったというわけなんですね。
で、私はシナ共産党政府に対しては、実はそれほど怒りはない。というか、下手な工作活動だよな、としか思えません。いつぞやは、故・後藤田氏と約束した、とか訳のわからんことを言っていて、工作活動も下手になった、と思っていたところに、嘘つき大使ですからね。およそ、孫子を生んだ国の末裔とは思えません。
ただ、一番腹が立つのは、日本人のマスコミ連中。何故、その場で反論しないのか。もし、何も知らないというのであれば、ジャーナリスト失格。何故なら、本当のことをしゃべっているのかどうかを調べることすらしていないのですから。そんな連中が、ジャーナリズムだの、報道の自由だの、言えるほどの価値があるかっちゅうねん。