これじゃ万年野党だよね

まあ、そもそも私は民主党に期待していませんので、余計なお世話だとは思いますけど。
「民主代表選、菅氏が立候補を模索…小沢氏と一騎打ちも」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060403it15.htm

民主党は3日、両院議員総会を開き、前原代表の辞任表明を受けた代表選を7日に実施することを正式に決めた。
菅直人元代表は3日夜、菅氏を支持する議員グループと協議し、代表選への立候補を模索する考えを伝えた。
一方、小沢一郎・前副代表が出馬の意向を固めたことを受け、鳩山幹事長のグループや旧社会党系グループは小沢氏を支持する方針を打ち出した。代表選は、小沢、菅両氏の一騎打ちとなる可能性も出てきた。

正直なところ、民主党の最大の問題点は、自党の名前の由来と思われる「民主主義」に対する理解が不足しているところでしょう。本来、民主主義を名乗る政党ならば、党代表の選出はよろしく民主的な選挙に依るべきです。
かつて、自民党は総裁を選ぶ際に、一本化という名の「話し合い」で決着してきた時期があります。小泉現首相は、功罪ともあれ、自民党支持者から見ると、「自由民主」という名が体を表す党に変革した(あるいは元に戻した)という意味での功が大きいと、私は判断します。お陰で、自民党内には、靖国問題にしろ、アジア外交にしろ、これまでにないほどに活発な議論が行われるようになってきました(逆に同一政党とは思えないほど、意見に隔たりのあることも露見してしまったわけですが)。9月に見込まれる自民党総裁選挙では、森前首相などが一本化の動きを探っているようですが、そもそもその一本化を主張するのが森氏という点で、この動きはまとまらないと思います。何故なら、森氏が首相・総裁になった過程というのが、まさに「話し合い」による「一本化」であり、それが森内閣の記録的な低支持率になって現れているからです。小泉首相の政治手法については、マスコミはやれ「ワンフレーズ」だの「ポピュリズム」だのと言いますが、本質的には、自らが考えていることを公にし信を問う、というだけのことでしょう。
それに比べると、民主党は何と情けないことでしょう。
民主党は、自民党や与党に対して「数の論理」という言葉で批判してきました。しかし、民主党が恐れているのは、党内の分裂であり、大事なのは党内融和だと言います。言い方は尤もらしく聞こえますが、何のことはない、持っている自党の「議席数」を維持したい、ということだけなんですね。そもそも民主党は、政党交付金に党財政を依存しており、自ら「お金を取ってこれる」議員がほとんどいないというのが現実です。だから、どうしても「数」に拘っている面もあると思います。これも一種の「数の論理」です。
で、担ぐ神輿が、小沢一郎氏というのが、また妙な話です。
考えてみると、ここまでの民主党の失敗の多くは、小沢氏に対する過剰な反応に起因しているようにも見えます。自由党との合併以来、民主党は党首以上に、小沢氏の意向を常に気にしてきた側面があります。しかし、当の小沢氏は、要請があっても党の役職を受けることもなく、また代表に担ごうとすると「一本化をお願いする」と言ってきたわけで、こんなことを自民党で言っていれば、間違いなく相手にされていないところです(事実、相手にされなくなったために自民党を出た、という側面もあるでしょう)。結局、前原執行部は小沢氏を取り込むことができなかったために、執行部の力量を見せなくては、と過剰に意気込んだ結果が、偽メール騒動だったとも見られなくはない(でも、どう見てもバカな話ですが)。そこまでして、小沢氏を担がなくてはならない理由は、実は私にはよくわからないのです。
小沢氏が持っている政策理念というのは、自由党時代からサッパリわからない。過去に、国連待機部隊構想なるものを提示し、自衛隊の指揮権を国連に委ねる(どっかの漫画でそんなのあったな)という奇妙奇天烈な提案をしたことくらいでしょうか。
ですから、ここで小沢氏に一本化してしまうと、実は民主党はこれからどういう政策をやっていくのか、さっぱりわからなくなってしまいます。それくらいなら、出来レースでもいいから、選挙で選ぶべきでしょう。それならば、小沢・民主党が目指す方向というものが見えてくる。そうでないと、民主党は一体、何を目指した集団なのか(ちょっと頭の弱い民主党支持者なんかだと、与党を追及するための野党とか訳のわからんことを言いそうですが)、その存在意義がなくなってしまうのではないでしょうか。
ここで、選挙になれば、まだ民主党にも救いようがあるな、と思いながら、週末まで楽しみにしていようと思います。