当たり前の判決ですが

評価する、とか言わなきゃならないところが悲しいですね。
「首相の靖国訴訟、原告の敗訴確定 「法的利益の侵害なし」」
http://www.sankei.co.jp/news/060623/sha060.htm

小泉純一郎首相が平成13年8月、靖国神社を参拝したのは憲法政教分離原則に反し、精神的苦痛を受けたとして、日韓の戦没者遺族ら278人が国や小泉首相靖国神社を相手取り、違憲確認と1人当たり1万円の損害賠償を求めた訴訟の上告審判決が23日、最高裁第2小法廷であった。
今井功裁判長は「本件参拝によって上告人らに損害賠償の対象となり得るような法的利益の侵害があったとはいえない」として原告側の上告を棄却、請求をすべて退けた2審・大阪高裁判決が確定した。歴代首相の靖国参拝をめぐる最高裁判決は初めて。

最高裁もご苦労様です。ここまで明確に憲法に書かれていることを、わざわざ審理するなんて。
この記事にも記載されている「滝井繁男裁判官の補足意見」を引用しておきます。

参拝が政教分離に反する違憲なものかどうかを問うまでもなく、侵害された利益を認めることはできないので、本件請求は失当だ。

この一文につきますね。
ただ、何度も申し上げておきますが、参拝賛成派も反対派も次の点をよく理解しておきましょうね。
1)靖国神社に代わる国立の無宗教追悼施設は、「無宗教」と「追悼」とが相容れないものであり、国立宗教の設立となるために、明確に憲法20条に違反する。それゆえに、上のエントリに書いた麻生氏の考え方は通用しない。
2)ある特定の日本国民個人に対して、靖国神社に参拝することを中止するように要求してはならないし、また参拝するように強制してはならない。これも憲法20条のに違反する。したがって、経済同友会(東京)が行った「次期首相は靖国神社に参拝しないことを求める」という提言は、本来、違憲行為である。
3)しかし、靖国神社に参拝したり、あるいは参拝しないことによって生じる政治的な事象に対する責任は、個人がそれぞれに負う。靖国神社に参拝しないと表明することが、政治的に良い結果を生むと判断した者が、それを政治的な公約にしても構わないし、また靖国神社に参拝すると表明することによって政治的なアドバンテージを得ると判断した者が、それを公約にしても構わない。ただ、それによって国会議員選挙や、政党内の政治的活動における当落選、成否については、個人の責任のみである。
4)シナ共産党政府や朝鮮半島の政府が靖国参拝に反対することについては、彼らが日本国民ではないので、一切考慮に入れる必要はない。これを理由に他者に靖国参拝の中止を要求してはならない。ただし、自らがこれを理由に靖国神社に参拝しないことは自由である。
靖国参拝反対派は、概ね「護憲派」と重なるんですが、どこをどう見ても護憲じゃありませんよね。