ちょ、筑紫w

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多事争論である。
http://www.tbs.co.jp/news23/onair/taji/s070409.html

私たちの国の知事さんたちは相当に安定した統治能力の持ち主と見えて、8日の統一選では現職の人は皆そのまんま再び選ばれました。宮崎の「そのまんま東現象」では、変化を求める有権者の声というのが非常に表面に出たのですが、今回はむしろ安定を望んだようであります。
そういうわけで、我が東京都知事も選挙前のそのまんまに戻りまして、お伝えしたように、阪神大震災についてあのような発言をしております。あの震災の時に私も現場で取材をしておりまして、それからしばらくあそこに留まって中継を続けたのですが、こんなに文明国だった国がですね、6000人以上の死者を出したというのは、本当に恥ずべき怒りを覚えることだとつくづく思ったことを覚えております。
しかしながらそのうち2000人が、自衛隊の出動要請が遅れたから失われたのかも知れないという、これがまた石原さんらしい、例のよっての短絡した考え方ではないかと私は思います。現場であれだけの死者が出たのはなぜなのかと言えば、建物の中で非常に脆弱なものがあって圧死された方が多い。それから、簡単に火事になるような建物が多かった。そのことが多くの死者を出しました。
実はこれは過去の話ではなくて、東京は必ず震災が来ると言われております。そういう中で、もし自衛隊の出動が人命を救うんだという風に考えている知事がいるとすれば、普段のそうではない、建物を燃えないようにする、壊れないようにするという方の対策には力点が入らなくなるという疑いが出てきます。どうぞその辺は間違えないで東京都の運営をこれからやって欲しいものだと思います。

多事争論と言えば、筑紫哲也である。多分、インテリである。でも、この文章を見ると、インテリであるかどうかも疑わしい。後ほど、この件に関するまともな反論は、産経新聞の本日付朝刊のコラム「産経抄」を読まれたし。もともとは、井戸兵庫県知事への反論だが、内容としては筑紫への反論にもなろうと思う。
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しかし、まず、この筑紫なるボケジジイが、別に老害でもなんでもないことは、次の文章に表れている。

こんなに文明国だった国がですね、6000人以上の死者を出したというのは、本当に恥ずべき怒りを覚えることだとつくづく思ったことを覚えております。

筑紫は典型的な都会人である。日本人の都会人でも、ここまで都市化で凝り固まった都会人は珍しい。筑紫には、そのルーツについて言われているが、この辺りもそのルーツ説を補強するものであろうと思う。朝鮮半島の国家は、歴史的に新羅統一以降、徹底的に儒教化したからである。儒教とは、要するに人間は都市に住む者である、と定義したものと言っていい。つまり、儒教の教える礼教が届く範囲を都市とし、届かぬ範囲を田舎としたのである。日本は、そういう観点では全く「都市化」されていない歴史を持つ。私は、養老孟司の尻馬に乗って都会人をからかっているが、それでも日本人の中で、ここまで都市化した人間は見たことはない。
まず、文明国とは自然に打ち勝つことのできるものだ、という思い込みである。この手の思い込みは、だいたい19世紀くらいに流行したもので、環境問題華やかな現在においては、自然を畏れる、という思想の方が有力であろうと思う。自然、というと、美しく、かつ我々に恵みを与えてくれる存在である、と考えているかも知れないが、自然とはそんなに甘っちょろい存在ではない。
日本という国は、とにかく自然災害の多さでは、世界に類を見ない。例えば、日本の川は、世界の概念で言うところの川ではない。例えば、明治初期にお雇いの土木技師としてやってきたオランダ人である、デ・レーケは「日本の川は川にあらず。滝である」という感想を述べたという話を、司馬遼太郎の著作で読んだことがある。だから、洪水・土砂災害は、今でも毎年のように起こる。地震災害に至っては、世界の大地震の1割が日本で起きているという話すらあるくらいである。つまりは、日本人はいい意味でも悪い意味でも、自然と隣り合わせで生きてきた、ということである。
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筑紫は、このことをまず理解していない、ということである。日本においては、古来から、土木こそ政治であった。だから今でも、土建政治が残るのかも知れぬ。日本は、気候としては稲作に向いている。しかし、稲作をするには、土地が急峻すぎたりして、適切になだらかな流れを持っていなかった。だから、日本での稲作農耕は、そもそも農業土木が必要であったのである。稲作土木においては、何がともあれ、治水が重要となる。弥生期以降、日本で正当な政権は、すべてこうした農業土木事業を行っている。武田信玄は、農地を荒らす流れを変更し、農地をさらに広げた。加藤清正は、肥後でそれまで荒地だったところを治水することで、農地を広げ、もっこす体質の肥後人の心を掴んだ。信長や、江戸期の毛利氏は、干拓事業をさかんに行うことで、農地を海に向けて拡大した。海に向けて干拓すれば、当然ながら、塩水の侵入を防ぐための防波堤も必要であったということである。
しかし、当時は所詮、土木作業の主力は人力である。できることのタカが知れている。そうなると、自然に打ち勝つことではなく、自然をなだめすかし、あるときは自然の脅威にさらされることも已む無し、という思想になるわけである。これが、日本語にある「仕方がない」という表現に出る、と私は考える。だって、想像以上に自然が力を持っていたのである。誰のせいでもない。それはどう考えても「仕方がない」に決まっている。ところが、仕方がない、というこの言葉、他の言語には訳しようがない。以下に「仕方がない」の英訳例を示すが、どれもニュアンスが違う気がする。
http://www2.alc.co.jp/ejr/index.php?word_in=%8Ed%95%FB%82%AA%82%C8%82%A2&word_in2=%82%A0%82%A2%82%A4%82%A6%82%A8&word_in3=PVawEWi72JXCKoa0Je
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この「仕方がない」気持ちのやり場を、日本人はどう考えてきたか。それが、基本的には神道であろうと私は考える。自然を畏れることが、そもそもの神道の起こりだからである。自然を畏れることは、そのまま人を畏れることにもつながる。何故なら、戦前まで日本人にとって「人」とは自然のものだったからである。人を畏れるから、例えば、その「自然」の意志に反して、権力、すなわち他人によって強制的に死地に赴かされ、亡くなった人に対しても「仕方がない」と思いつつ、その気持ちの治めどころが必要となる。それが、靖国神社なのだと私は思う。
だから、6000人もの人が亡くなった阪神大震災については、地震そのものや、その被害に憤りを感じても意味がない。文明国と自称しながら、地震という自然の前には、人間の活動など無力だ、ということで、自然に対し畏敬の念を持つべきなのである。人間は、いくら都市を作っても、結局のところ、自然によって生かされる。それだけのことである。だから、何もしなくてよいわけではなく、人間が自然の脅威から少しでも免れるために努力をすることは、無意味ではない。だから、より災害に強い家なり、都市なりを考えることは必要だし、また地震のメカニズムを知ろうとすることも重要なのである。それは、自然のことを知り、自然と人間との折り合いをつけるために必要なのであって、自然を克服した、打ち勝った、という下らない自尊心のために必要なのではない。
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残念ながら、地震が起これば、それが特に都市で起これば、亡くなる方の数も飛躍的に増える。都市に住む、ということは、そういうリスクを抱えているとも言えるのである。地震に強い建物が必要だ。そういう理屈で震度7を超えるような地震が来ても倒壊しない建物を作ることは、恐らく現代の技術なら可能である。問題は、コストである。そのコストをどこかで妥協し、対応するしかない。それで、また人智を超えるような災害に見舞われたときに、いちいち恥だとか憤りを感じていては、身が持たない。だから、「仕方ない」としか言いようがないのである。私自身は、震災に遭って、しかも、高校時代の同級生を亡くしている。だが、震災自体に私は憤りも感じないし、恥だと思っていない。運が良かったな。それしか思っていない。
とりあえず。筑紫哲也には「方丈記」を暗誦するまで読め、と言いたいところである。脳の活性化にもちょうど良いのではないかと思う。
方丈記
http://www.aozora.gr.jp/cards/000196/files/975_15935.html
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